不 治




「狼男の治し方…か」

ぽつりと龍麻が呟いた。

「…いきなり何だ,緋勇」

放課後の生物準備室で,当然のように2人分のコーヒーを入れていた犬神の手が止まる。

龍麻は小さな本を開いて何かを読みふけっていたらしかった。

が,自分の呟きに犬神が返事をしたのが判ると,漸く本から目を離して顔を上げた。

「いや,先生って『ライカンスロープ』な訳ですよね」

「まあ,そういう言い方もあるだろうな」

ほら,と犬神は龍麻の目の前に彼専用のマグカップを差し出す。

ぱたんとその小さな本を膝の上に閉じると,龍麻はそれを受け取った。

「それがどうかしたのか」

「この本にですね…」

と,口を開きかけて龍麻は犬神の顔を覗き込む。少し沈黙した後,膝の上の本に視線を落とす。

「『ライカンスロープを人間に戻す方法』ってのが載ってるんですよ」

「…実験してみよう,とか思ってるんじゃないだろうな…」

「いや…そういう訳では…」

てっきり,龍麻は試したくて言葉を濁しているのだと思っていた犬神はいささか拍子抜けする。

ただ,コーヒーに口をつけたまま上目遣いで自分を見つめる龍麻がやけに気にかかった。

ゆっくりと龍麻の側に近づき,龍麻のすぐ隣りの机に腰掛ける。

「どうした,緋勇」

「…いろいろあるらしいんですよ,方法。…ただ」

「ただ?」

「……例えばですね」

そういって,龍麻は本をパラパラとめくった。

そしてある1ページにくるとめくる指を止める。

「『銀の銃弾』を用意すべし」

「……」

犬神は,背中にぞくりとした感覚が走る自分に舌打ちした。

闇の眷族の血が,その言葉を聞いただけで反応するのか。

「それは『戻す』とは言い難いな」

苦々しく言い捨てる。

「でも,『戻る』んですよね,きっと。命を失った亡骸だけは」

「緋勇」

「そんなにしてまで,戻さなきゃならないもの…なのかと」

犬神はそれには答えず,黙って龍麻の頭を自分の肩に引き寄せた。

そうしないと,龍麻が泣いてしまいそうな気がしたからだった。

こつん,と龍麻は犬神の肩に頭をあずけて目を閉じる。

「…他にもありました。煮立ったタールに白百合を入れてそれを浴びせるとか,熊手で額を打つとか」

「根拠はなさそうだな」

「…でしょうね。どれもこれも…最終的には『戻る』かもしれませんけど」

自嘲気味な笑いを浮かべて,龍麻は呟いた。

「……先生は,このままでいて下さい…俺は,今のままの先生がいいです…」

「…光栄だな」

そう言うと,犬神は龍麻の頭をゆっくりと撫でた。

龍麻は,自分の昂ぶった感情を抑え込むように大きくため息をついた。

少し身体が動いたせいで,膝から本が滑り落ちる。

「あ」

龍麻はその本を拾い上げ,床に落ちて折目のついてしまったページに目を走らせる。

そして,目を丸くした。

「この方法って…」

「何だ?」

犬神もつい後ろからその本を覗き込む。

そこに書いてあった方法。

『名前を呼ぶ』

「…どういう意味だろう…」

「名前というのは呪術的な意味合いも強いからな。名前がその者の真実の姿を示す,とでもいうんじゃないのか」

「…」

龍麻は口元に手をあてて何かを考え込んでいる。

ゆっくりと顔をあげると2人の目が合う。

その時ふと,龍麻の口からこぼれ出た言葉。

「…杜人―――」

一瞬の沈黙の後,大慌てで龍麻は自分の口を両手で押さえた。

見る見るうちに頬が真っ赤に染まっていく。

「あっ…ごめんなさい先生っ…俺その…っ」

犬神はその様子を見て僅かに目を細める。

「……真実の姿…か」

そう呟くと同時に,犬神はいきなり龍麻の腕を掴んで引き寄せた。

倒れ込むようにして犬神の腕の中に収まった龍麻は,驚いて犬神を見上げる。

「何を――――――」

突然のその行動に対する疑問の言葉は,犬神の唇によって塞がれた。

「―――――…」

予想し得なかったその感覚に,龍麻は思わず強く目をつぶった。

先程まで口にしていたコーヒーの香と,僅かに残るいつもの煙草の香が口内に滑り込んでくる。

頭の奥が白く痺れてきて,龍麻は思わず犬神の白衣にしがみついた。

腕を掴んでいた手が背中に回され,一層強く抱き寄せられる。

少しだけ唇を解放される。互いの唇が触れるか触れないかの距離で,犬神が囁いた。

「『真実の姿』に戻る…というのは間違いではないかも知れない…」

低く響く声に,龍麻の身体が知らず震えた。

「先生…」

「だが…俺の『真実の姿』は,人間ではないらしいな」

背中に回された手が,腰の辺りまですべり降りてくる。

片方の手で龍麻の頭を押さえ,耳朶を口に含むと軽く歯をたてた。

「っあ……」

突如受けた刺激に,龍麻は思わず声を漏らす。

犬神はその耳元から首筋に舌を這わせ,密着させた龍麻の身体が腕の中で反応を返すのを楽しんだ。

そのまま首筋に息を吹きかけるように唇を寄せる。

「お前に名前を呼ばれただけで,こんなにも『獣の血』が騒ぐ―――――」

腰のあたりを何度もなで回す手に,龍麻の息が少しずつ上がっていく。

緩慢な刺激に耐えるように,龍麻は犬神の肩口に顔を埋めた。

「……じゃあ…先生…は,人間…に『戻る』ってこと,は…ないんです…ね」

息が乱され,途切れ途切れに尋く龍麻の言葉に,犬神は小さく笑いを返した。

「安心したか?」

「…は…い」

耳元で囁く,艶を含んだ少し掠れ気味の声。

「…お前の『真実の姿』は…どうなんだ?―――龍麻」

名前を,呼び返す。

龍麻の柔らかな髪を弄んでいた指が,つ,と顎の線をなぞり,顔を上向かせた。

「見せてみろ」

「……貴方にだけ…ですよ…」

その前髪からのぞく瞳は,いつもの漆黒のものではない。

碧金の光を湛えた,龍の瞳。

「…綺麗なものだな……」

満足したように犬神は呟き,瞼に口付けた。

白衣を掴んでいた龍麻の手がゆっくりと開かれ,犬神の首に回される。

紅く濡れた唇がうっすらと微笑みを形作り,吐息だけで呟くように言葉を紡いだ。

「杜…人…―――」

煽る口唇に噛み付くように口付けることで返事を返す。

それは,人ならざる者同士が,互いにその姿を晒し合う僅かな時間の始まりを告げていた。




End.   


流石突発。練り不足(核爆)。      
亜栖先生の文章真似してみたんだけど
全然ダメです。文才のなさ暴露。